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前橋地方裁判所桐生支部 昭和37年(わ)53号 判決

被告人 鈴木尚武 外三名

主文

被告人等を各懲役一年に処する。

但し、被告人等につきこの裁判確定の日からそれぞれ三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人等四名は

第一、昭和三七年四月八日の晩A(当一九年)及びB(当一九年)を姦淫しようと企て、甘言を以て両女をタクシーに乗車させて同日午後一一時三〇分頃群馬県邑楽郡邑楽村大字秋妻一、〇四〇番地の一付近の福居赤岩線県道上に至つたとき、被告人等共同して降車を拒否する両女の腕を掴んで車外に引張り出し、傍の麦畑又は路上に倒れさせ、逃げないように手を掴んだりした上、被告人木下が両女を殴打し更に両女が通行人に救を求めるやその面前で両女を殴打する等の暴行を加え、因つてAに対し前記転倒により全治まで七日間を要する左膝部打撲症を負わせ、

第二、右犯行中偶々同所を通りかかり両女から救を求められた白石文夫(当二七年)及び橋本登之(当二六年)に対し、同人等が女を逃がしたと因縁をつけ、即時同所で共同して両名に殴る蹴るの暴行を加え、因つて白石に対し全治まで約一〇日間を要する右顔面打撲傷の傷害を与え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(強姦未遂、強姦致傷の訴因に対する判断)

本件公訴事実中第一のA、Bに対する訴因の要旨は、被告人等四名は判示の日に両女と足利市内で遊興中両女を旅館に誘い姦淫しようとし同市本城一丁目一、五九〇番地旅館本城本館付近まで伴い来つたが、両女が泊ることを拒否して帰りかけたので、甘言を以て両女を人気なき場所に連れ行き被告人等四名で姦淫しようと企て、ここに共謀の上、両女を送つてやるといつて安心させて車に乗せ、判示日時頃判示場所に至り、被告人等四名共同して降車を拒否する両女の腕を掴んで車外に引張り出して傍の麦畑又は路上に倒す手を握る額を手拳で殴打する等の暴行を加え強いて両女を姦淫しようとしたが、通行人が通りかかつた際両女が逃げたので姦淫の目的を遂げなかつたが、その際右暴行によりAに治療九日間を要する左膝部打撲の傷害を負わせたものであるというのである。

扨て、証拠を詳細に検討すると起訴状記載の事実中右犯行現場に至るまでの事情と判示第一の事実についてはこれを認めることができる。

ところで実行の着手ありとするには一般には構成要件該当の行為の一部又はこれと密接し同視しうる行為をすることとか、法益侵害の第一行為があつた場合であるとか、犯罪を完成するに至るべき危険ある行為に着手すること等が必要であるとか、或いは又犯意の飛躍的表動があつたとか犯意の存在が取消しえない程度に達したと認められる外部的行為があること等が必要であるとか説かれるのである。実行の着手の概念は未遂を予備から区別する基準となるものであつて学説の差異も明確妥当な基準を見出さんとする苦心の所産であるが、要するに、主観的には犯罪構成要件を実現する意思又は認識を以てその行為をしたかどうかという点と、客観的にはなされた行為が当該場合に一般的にみて犯罪構成要件的事実を実現する危険性があるか否かという点とを具体的に検討して、個々の場合につき具体的に認定した結果(認定の問題従つて事実問題)、当該行為が未遂に該当するか予備に止まるかを区別する(あてはめの問題従つて規範的評価の問題)の外はない。弁護人は強姦の実行の着手としては構成要件該当の行為の一部又はそれに密接せる行為として婦女に挑みかかる行為、例えば女を抱きすくめるとか無理に接吻するとか腰部に手を触れるとか女を倒そうとするとか「つき合え」(当裁判所はこれを関係をさせろというような姦淫に近接したときに使用する語の意味に解する。)等と申し向けるとかの行動が必要であるのに本件ではこれがないと主張する。当裁判所は強姦の実行の着手としては常に必ず右のような無理に関係を迫ろうとする行為の表現が必要であるとは考えない。もう少し広く解して差支えないと考える。例えば本件のような場合には被告人等が被害者両名を姦淫のため神社の境内に無理に連行しようとするとか、県道から奥の麦畑の中の方に無理に引張り込もうとする等の行為があれば実行の着手ありと解するものである。

さて、本件につき具体的に検討する。(1)秋妻地内の本件犯行現場まで被害者両女を車で連行した行為は、その車がタクシーであつたことよりして未だ実行の着手に該当しないと解するのが相当である。(2)現場において両女をタクシーから引張り降す行為もこれを強姦の予備と解するは格別、特別の事情なき本件においては強姦の実行の着手とはなしがたい。次に(3)タクシーから降車した後の暴行の態様としては逃げるのを追いかけ手を掴まえていたこと、「お前等には金がかかつているのだ。」と申し向け顔等を殴打したこと等(前記第一事実認定の各証拠による。)であり、右現場付近は人家から遠い寂しい田舎道ではあるけれども、自転車の通行する県道であつて被告人等の暴行はこの県道の上又はそれに接する畑との境付近で行われているのであつて、県道から奥へ連れ込もうとした等の形跡は認められず(司法警察員作成の実況見分調書図面二葉写真六葉添付)右畑と路上との境付近に被害者Aが倒れたのもタクシーから無理に引張り出されるときにそのはずみに県道の傍らの麦畑に転んだもの(A、Bの検察官に対する各供述調書)であり、又被告人木下の両女に対するはじめの殴打当時は被告人等の乗つて来たタクシーはまだ現場を程遠からぬ辺りで道不案内のため警笛を鳴らしており、被告人鈴木、富田はタクシーの方向に行つており被告人内村はその後に続いていた事情にあつて(被告人鈴木、富田、内村の検察官に対する各供述調書)、多衆で両女を強姦するに適した客観的事情とはいえなかつたことに照せば、本件において未だ右暴行を目して強姦の実行の著手とはなしえない。更に(4)被害者両女が通行人に救を求めた後に被告人木下が両女を殴つている点はもはや強姦のための暴行とはみられない。以上によれば本件では未だ実行の著手に至らなかつたと認めるのが相当である。

(法律の適用)

被告人等の判示行為を法律に照すと、判示第一の行為中Aに対する行為と判示第二の行為中白石に対する行為は各刑法第六〇条第二〇四条罰金等臨時措置法第二、三条に、判示第一のBに対する行為と第二の橋本に対する行為は各暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二〇八条罰金等臨時措置法第二、三条に各該当するので、被告人等全員につきいずれも所定刑中懲役刑を選択するが以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により犯情重いと認めるAに対する傷害の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人等を各懲役一年に処するが、情状に因り被告人等全員につき右刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日より各三年間右刑の執行を猶予することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石川季 松沢博夫 萩原昌三郎)

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